小説の感想:金子玲介「私たちはたしかに光ってたんだ」 自分だけの未来の曲

金子玲介「私たちはたしかに光ってたんだ」 自分だけの未来の曲

 教室に差し込む光が印象深いのは、室内が思いのほか埃が多く汚れているからなのかもしれないが、埃の反射する光がキラキラと舞っている場面は、容易に想像できる。サイゼリヤの一隅で年明けに忘年会と称して集まった若者たちは、雪か桜のように千切られた紙ナプキンがヒラヒラと舞っている様子を見て、教室に初めて顔を合わせたあの日を思い起こすだろうか。私は思い出していた。あれ? サイゼリ「ア」だっけ? 「ヤ」だっけ? まぁ、そんなことは今はどうでもいいのだ。

 瑞葉を語り手に、朝顔、葵、緋由の四人の高校生から大学生までの5年間を中心に綴られた、金子玲介「私たちはたしかに光ってたんだ」は、高校生バンド結成からインディーズデビューの軌跡を回想する青春小説である。「ふつうの軽音部」のクワハリ先生が推薦しているのを一瞥して、思いがけず買ってしまった本だが、一気に読み終えてしまった。熱量が増幅しつつも、若者をとうに過ぎた年の自分には、ひたすら尊い日々を過ごすキャラクターたちが眩しくとも大いに感情を揺さぶられながら、瑞葉と一緒になって、過去だけでなく未来もそして現在も思い出しては、感慨に耽るのである。

 15歳から始まる物語は、時折、26歳の現在の瑞葉の様子を描く。最初の結成場面で、朝顔の「線みたいに細めた目」とその言葉を「今も覚えているし、たぶんずっと 死ぬまで覚えている。」と語り、会計士として年末の激務に追われる瑞葉の長広舌が、仕事の忙しさと辛さと愚痴と憤りをぶちこんで捲し立てられる。Wikipediaに載っているバンドのページの、「旧メンバー」の自分の名前を見つめては、何度も考えただろう、もし辞めずに続けていれば……という可能性。

 何故、瑞葉はバンドを辞めたのかが、読み進める推進力になっている。10年の間に何があったのだろうか? 読み進めば読み進めるほど、瑞葉がバンドに命を懸けていることが漏れ伝わってくる。行間からあふれて、バンドが好きすぎてこのキャラクターヤバいみたいな雑な言葉が脳裏をよぎる。さらに朝顔好きすぎるだろこいつ、という才能への絶大な信頼感にも引くほどにヤバ味が増していく。こんなキャラクターが本当にバンドを辞められるのか?

 高校生活をバンド活動に命を尽くした瑞葉が、葵と緋由に対し赫怒する挿話がある。死ぬほど時間を費やして死ぬほど練習しているという自負が、葵と緋由は練習不足ではないかと疑ってしまうほどに、ボーカルとリズム隊に腹を立ててしまうのだ。ここから四人の関係がぎくしゃくしていってしまうのだろうか、という予感が浮かぶ。

 読後に思い返せば、この場面は自分自身に対する憤りであったのかもしれないという読み方もできる。いや、この時はまだ自分の才能に気付かず、朝顔の足を引っ張る二人に、おそらく本当に腹を立てていたのだろうとも思える。それくらいに朝顔というキャラクターはバンドを立ち上げ、作詞作曲した「光」を皆の前で披露することで、確固たる軸を築き上げていた。一人の天才と、たまたま友達だった三人の瑞葉たちがメンバーに誘われただけではないのか? そうした疑念は活動を続ければ続けるほどに、はっきりとした形になって表れてくるのである。

 それだけのインパクトを持って、瑞葉たちの前に、そして読者の前に朝顔の「光」が姿を現す。コピーバンドとしてチャットモンチーなどを演奏していた一年を過ぎ、高校二年になっていた。朝顔は、オリジナル曲を披露すると満を持して、高校生バンドのトップを決める「群青モーメント」という大会へのエントリーを宣言した。

 でも待ってほしい。「光」をじっと味わっていたい自分がいる。瑞葉が何度も繰り返し聞いたと語る曲を、小説は詩という形で、描出する。もちろん演奏する場面もあるけれども、それはそれで待ってましたという場面なんだけれども、初見の印象が強烈である。どんな曲に合わせるのが適切なのか? そのまま詩を読んでしまってもいいのだろうか。作者の脳裡には、どんな旋律が流れているのだろうか。想像力が刺激される。

 ここで、はっとする一文が挿入される、「今にして思えば」。

 「光」を聞いた瑞葉は感動のあまり涙を流し、言葉も失う。もう一回聞きたいと朝顔に伝える場面に続くのだが、この短い一節に本をめくる指が止まる。読み進める目が止まる。もちろん朝顔の曲を聴いた直後の時間・感動のあまり驚愕した自分自身の時間を指しているのだが、一瞬、26歳の瑞葉が語った言葉のように錯覚してしまった途端、10年の時間を飛び越えて、瑞葉が噛みしめたであろう切なさや悔しさを勝手に感じてしまう自分がいた。高校生の瑞葉と現在の瑞葉を行き来する展開は、見事に私の心にぶっ刺さったというわけである。

 年末の仕事の対応で上司と出張する場面があった。おそらく多くの読者の心に刺さったであろう上司の言葉は、私自身、シンプルであるがゆえに、この物語の核心を端的に表した言葉であると思う。売れない芸人の妻として・あるいは二人の子を持つ親として、酔った勢いで昔のバンド活動について語りあかす瑞葉を上司は止めず諫めもせず咎めるわけでもなく、そっと寄り添うように言葉を紡いだ。

 今までため込んでいたけれども口にはしてこなかった後悔が滲む。上司は、それを察してなのかどうか諭すように語った。人生の光に、遅すぎることもないし早すぎることもない。おそらくそれは夫に向けられた言葉だったろう。面白いコントや漫才を動画サイトに上げたとて、それらはたくさんあるネタ動画の一つでしかない。瑞葉が語ったバンド名を上司は知らなかった。そんなものである。誰かにとっての光は、誰かにとっては影にしかならない。物語は影のことを語りはしないけれども、私にはいつも光に対する影が気になっていた。それは瑞葉のことだろうか。あるいは光ることさえできない多くの無名の人々のことだろうか。上司は、光らなくてもかまわない、とも語る。慰めであったとしても、救いにはなる。

 あるいは、「私は一生、ずっと、今も、忘れたいのに、忘れられない。」という一文。明確に、今の瑞葉が過去を回想している語り手として、物語に介入する。そうして、これまでうっすらとしていた瑞葉の脱退の理由が、一瞬にして理解された。

 梅酒をすすりながら、薄々気づいていた事実に、インディーデビューが決まりミニアルバムをリリースする打ち上げの場で、瑞葉ははっきりと告げられたのである、このバンドは朝顔一人で持っているだけのバンドでしかない、と。自覚している、そんなこと、瑞葉は。上司と飲んだ夜、梅酒をきっかけに酔い始め、過去を捲し立てていたっけ。

 または、こんな些細な一文も心に残っている。「音は鳴らない」。

 直接的には演奏の音ではない。上司と「乾杯」とグラスを交わした時、音が鳴らなかった、そのことを小説は一文にした。趣味でバンドやればいいじゃん、という上司に、ベースと本気で向かい合った瑞葉は、自分の限界を悟り、バンドを愛するが故の決断を自らに下す。間違っていたんじゃないだろうか? でもバンドに残っていたら、紅白に出られるような存在にはなれなかっただろう。どこかで頭打ちになっていただろう。

 物語終盤、いよいよ脱退が知らされると、緋由が一言ぼそりと呟いた言葉も忘れられない、「わたしだけになっちゃうじゃん」。

 瑞葉と同じ葛藤を抱えていたことが一気に知れる瞬間である。天才の朝顔の曲と、容姿端麗なボーカル葵の魅力の間にあって、瑞葉と同じ苦しみを抱いていた緋由の感情に、ドキリとした。もし緋由が自分よりも先に決断していたら。そんな可能性もあったのだ、未来には。

 サイゼリ「ヤ」で遅れた忘年会という名の実質新年会に集まった四人の面々。一人だけ・語り手である瑞葉は、読者の代わりにあの時こうしていれば……という物語を考えては消し思いついては消していく。そんな人生。曲がヒットして紅白にも出て、バンド活動が飛躍した三人の気遣いを察しては、バンドの世界一のファンとして、瑞葉は学生時代の思い出やバンド活動の苦労話を聞き出し、会計士としての仕事のことを食べながら大いに飲みながら話している。サイゼリ「ア」だっけ? いやいや「ヤ」が正しいのだ。朝顔はどっちでもいいけどと言うけど、バンド名だけは、確かに、瑞葉が命名したのである。これだけは変わらない。うなぎ犬というバカボン発祥の不思議な語感を醸しつつ、いつか蝶のようになる……そんな使い古されたであろうバンド名に関わるキャッチコピーとは実は無関係に、なんとなく付けられたバンド名が、光り輝き、今も瑞葉の人生を照らし続けているのだろう。

 30代の自分、40代の自分を想像する挿話が瑞葉によって語られる。将来どうなっているのか? 結婚して子供を生んで……あるいは別の人生だろうか。その時バンドはどうなっているのだろうか。今も演奏を続けているだろうか。あの人の隣にいるのは、10年後、20年後も、葵や緋由だろうか。自分はそこにいることはもうできないのだろうか。

 朝顔たちのバンドを最初に支えた曲は、チャットモンチーの「シャングリラ」である。私は音楽のことは何にもわからないけれども、この曲をイメージすると、なんとなく朝顔の「光」と符合するのではないかと試しに聞いてみたが、別に「光」の詩と曲調が合うところは感じられない。当たり前だ。朝顔という天才が一年かけて作った傑作なのだから。もちろん、こじつけようと思ったらいくらでも、もっともらしい理屈を並べ立てることはできるだろう。けれども、そんなことをしたくない。ひょっとしたら、将来、映像化されて誰かが奏でて誰かが歌うかもしれない。そうなってしまう前に、今、この詩、この歌を、自分だけのものである「光」という曲を、じっくりと聞いていたい。いつまでも続いてほしい、終わってほしくないと、終わりを決めたはずの瑞葉がいつまでも演奏しながら考えているように、誰にも言葉にせずに、ぐっと自分の中に閉じ込めている瑞葉の思いと同じように、じっと、ラストライブを反芻する。

 

作品別感想文に「林シホ「春の夢を走る君へ」1巻 儚い余白」を追加。一瞬でぐっと引き込まれるシーンというものが本作にはいくつもあって、主人公の繊細な内面が更新されていく様子・葛藤が切なくもあり、青春でもあるよね。

作品別感想に「三好宏平「ハナバス 苔石花江のバスケ論」2巻で学ぶ現代バスケ その2」を追加。今日もずっとバスケについて調べてました。面白いですね。そして、何度も言いますがホントに面白いマンガです。

作品別感想に「三好宏平「ハナバス 苔石花江のバスケ論」1巻で学ぶ現代バスケ その1」を追加。今日はずっとバスケについて調べる日でした。勉強になりました。2巻、3巻もいずれ解説・感想を述べたいですね。ホントに面白いマンガです。