片渕須直監督による「この世界の片隅に」解題例

 7月11日に行われた映画「この世界の片隅に」製作支援メンバーズミーティングに参加した。原作の背景に描かれた緻密な世界の一部を片渕監督は披瀝する。本稿でその一部を紹介する。

片渕須直監督による、こうの史代この世界の片隅に」解題例

☆ヨーヨー 「冬の記憶(昭和9年1月)」より

 お小遣いで何を買うかあれこれ思案する場面で、ヨーヨーが描かれる。また、道端でヨーヨーをする子どもも背景で描かれた。昭和8年にヨーヨーの一大ブームがあったのだ。ちなみに、すずがもらった小遣いは20銭。
※当時、国産のヨーヨーは1個10銭程度だったと言う(※自分調べ。以下※から始まる文章は私が後日調べて補足した文章である)。結局、すずは1箱5銭のキャラメルを3箱買う。

相生橋

 爆心地から300メートルほどにあったT字型の橋。その形状から原爆投下の目標物にされていた。昭和に入ってから何度か改築された橋で、原作はこの状況も踏まえて描かれている。すずと周作が初めて会った思い出の橋。物語終盤、2人がこの橋で会話をする場面がある。2人が立っていたと思われる場所が推定された。では、何を見ていたのだろうか。

相生橋が映っている動画。動画のタイトルどおり1946年春に撮影された映像。10分54秒から。


動画から、2人が立っていた場所の近影がここだと思われる。

 2人が見ていた景色。原爆ドームを中心とした爆心地である。
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戦艦大和
 劇中で大和が直接描かれるのは3回、うち直接描かれるのが2回ある。どちらも大和の記録から日付まで特定できた。もちろん、こうの史代も軍事記録を調べていたから描けた場面である。世界では激しい戦闘が行われており、大和の動きもそれに連動しているわけだけれども、そうした世界の動きをナレーションなどで一切描かず、すずたちの背景にちょっと描くだけ。世界の片隅で生きる人々、という意識が強く感じられる。

 圧巻が、3回目の間接的な描写である。第29回(20年4月)、下巻10頁。一機だけ、すずの頭上を通過するB29。もともと米軍は行方知れずとなっていた大和がどこにいるのかを探っていた。呉港に停泊する戦艦を動けなくするために4月1日から4月3日にかけて機雷投下封鎖をしている。それが第29回冒頭の空襲警報。そして4月6日、一機の写真偵察機が北九州から中国地方を偵察、呉・広島上空を通過後、9時46分、徳山沖で大和を含む駆逐艦等を発見する。劇中でも、そのB29が描かれたのは朝食後の朝だった。翌4月7日、大和は沖縄に向かう途上で米軍の激しい攻撃に遭い沈没した。すずが大和の沈没を知るのは5月である。