「響け!ユーフォニアム」13話 演奏シーン精読

響け!ユーフォニアム」13話 演奏シーン精読
 壇上に立った滝の足音、部員たちをさっと見渡す際の衣擦れの音、両手を掲げて指揮の体勢をとると、皮膚と金属音が交じり合ったような金管楽器を柔らく構える音。観ている側までも緊張する、その場にいるかのような感覚だった。滝の指先が演奏の開始を告げた瞬間、部員たちのブレス音が重なった。そして、小さな音たちが消え、曲だけが画面を彩る。
 課題曲「プロヴァンスの風」の演奏シーンは助走に過ぎないかのように、久美子のモノローグが途中から加わる。明るく部員たちを先導した田中が久美子にだけ見せた、演奏直前に呟く「これで終わりだね」的な、らしくない弱気な言葉に、全国へ行くんです・まだ最後ではなく続くんだと反発した。自分への言い聞かせとして、モノローグはその時の感情を解説する。久美子の自室の様子から、よく部屋で話しかけていたサボテンのアップ。教室から、おそらく夏紀が練習中にかつてよく眺めていただろう雲であり、練習に勤しむ久美子たちを強く照らしただろう空や光の景色が捉えられる。絶対、全国に行くというモノローグの後の、久美子のアップが言葉の力強さを裏付けた。
 続く自由曲「三日月の舞」が物語最大の山場である。譜面を捲る音と、「三日月の舞」の文字を映すショットが、これから曲が始まる緊張感を視聴者に与えた。チューブラーベルの前に立つ部員。これまで目立って描かれなかった打楽器の演奏も数多くクロースアップされている。金管木管だけでなく、彼らにもまた多くのドラマがあっただろう。
 冒頭のトランペットで、吉川・高坂・中世古の三人を映した。9話から11話の確執と和解が、かえって三人の結束を強くしたのかもしれない。吉川のリボンも本番では目立たないよう、ちょっと地味な色になっているのがおかしい。
 コントラバスの緑輝のテーピングは指先だけでなく手首にも巻かれていた。演奏では独り映されることが多い彼女のポジションは、久美子の懊悩を解説し、葉月の失恋に涙する、キャラクターたちのよき理解者であった。お祭りで妹を面倒見るその姿からも、彼女のそっと寄り添う感覚は、最終話でもバスから降りようとする久美子を励ます。その強さは久美子も憧れる・高坂とは別の強さだったように思える。母性と言ってしまえば簡単だが、それでも彼女のテーピングは、彼女も影で努力し続けていた姿を想起させた。
 塚本の演奏のアップ。散々注意された箇所だった。もっと上手くなりたいと練習を繰り返したことが思い出される。塚本の表情にちょっと赤みが指した。成功したのだ。滝の表情のアップに画面が切り替わるや、にやっとした感じで微笑む。これまでもここで中断されては滝の駄目出しに悔しい思いをしただろう塚本をはじめ、部員たち全員を映すべくカメラが一気に引いて、ステージ全景を捉えた。そして、舞台外で扉越しに演奏に聞き入る葉月のアップ。目をゆっくりと閉じて、開いてから、キラキラした目で、以前は音の良し悪しがわからなかった彼女が「いいっすね」と呟く。当初、音楽に真剣に打ち込んでいなかった夏紀も葉月と共感する。久美子を苦しませた162小節目からを惑いなくクリアし、緑輝の譜面に書き込まれた仲間の激励の言葉には、最初間違えて呼んだ名前を「サフィア」ちゃんと強調する葉月や、がんばろうね!とささやかに書き込んだ久美子の文字がうかがえる。久美子の譜面に「全国行こうね」と書き込まれた高坂の文字に、来年は一緒に吹くぞ!とライバル宣言の夏紀の言葉が見える。「わたし……」と夏紀に言いかけて遮られた葉月の言葉の先は、来年はここで吹きたい!という願いだったに違いない。
 こうした晴れやかな演奏シーンの最中でも、この作品はストーリーから緊張感を失わせない。中学で同じ吹奏楽部で他校に進学した梓をインサートする。演奏前に久美子と手を振り合った彼女だが、ここではたった独りで、緊張感に立ち向かう。ああ、中学時代の高坂ってこんなかんじだったのかもしれない。いや、高校に入ってからも、長く高坂はこの孤独と戯れていたのか。
 トランペットのソロパートが一呼吸置いて始まる。滝の合図で、はっと息を吸い込む高坂。高坂の背後から滝に向かって伸びるトランペットを捉える構図で、彼女の滝への想いを知る視聴者は、彼女がどんな気持ちで吹いているのかをいろいろと想像できるだろう。このシーンは、高坂の表情はあまりうかがえない。そこよりも、彼女がこつこつ広げてきた小さな波紋が、周囲に大きな波となって高揚させていった様が見て取れた。3話で「新世界より」を奏でた時の孤独はもうない。みな、彼女の目指す高みにまで到達しているからだ。高坂が凛々しく吹き上げる中、低音で支える久美子たちの表情をそれぞれ捉えてから、高坂を真ん中に隣の吉川と中世古の横顔のショットが入る。吉川は正面を凝視したままで表情に少し冷めた感じがある一方、中世古の少し下を向いた視線は終始穏やかな表情である。高坂の小さなブレス音。焦点をちょっとずつ動かして三人のそれぞれの表情を捉えてから、中世古に強く焦点を合わせると、ここで最も観たい表情、中世古の正面の顔を描く。右側に寄った彼女の構図が左側の大きく開けた空間に感じる高坂の存在感を際立たせる。

 そして、またしても葉月だ。音楽の素人として、彼女は久美子や緑輝から物語の解説を自然に引き出す聞き手だったが、ここではこの演奏の素晴らしさを伝える解説者として君臨する。扉に遮られて見えるはずのない高坂に瞠目するのだ。ソロパートオーディションで高坂と中世古の音の違いがわからずに目を閉じていた彼女が、ここではその音を息を呑むように見詰めたのである。
 再びの梓の描写は、葉月の肩をぎゅっと抱き寄せた夏紀と対比され、独りで楽器を持つ手に力を入れる緊張感は、本番・試験前に誰もが感じる多くの人々の共感を呼ぶだろう。演奏直前に「大丈夫」と声を掛け合う部員たちを見渡しながら、張り詰めた雰囲気に呑まれそうになる久美子の肩をほぐしたのは塚本だった。

 13話冒頭、教室で独り、抱えたユーフォニアムにふっと息を吹き込む田中のシーンがあった。他の部員と適度な距離を保ちにつつも、特に仲の良い部員がいるとも思えない。それでいて、1話や3話の頃の下手な演奏であっても明るい表情を変えず指揮を執り、孤高を貫いていた。彼女にとって、合奏は蛇足なのだろうか。とすれば、らしくない弱気な発言と述べたシーンについてもまた別の解釈が可能だろう。会場出発前の掛け声に参加せず、はっとして異なる表情をひとりする田中は、目を閉じて俯く諦念めいたように見える。これで楽しかった練習が終わってしまうという感傷的な気持ちが占めていたかもしれないが。ラストの選考結果の発表でも、他の部員たちが仲間たちと感情を分かち合うのとは対照的に、ひとり、目を閉じて結果を受け入れた。
 13話後半の多くを占める演奏シーンは、視聴者をキャラクターと同じ緊張感と高揚感に誘った。そんな中、田中の寂しげな視線は、吹奏楽を受験のために辞めていった久美子の姉や葵と重なったように思えた。
 どこか孤独を抱えて、いつもひとりでいる。そんなキャラクターたちが一様に同じ願いを口に出して集まることで、大きな結果を残すことができる。滝先生がみなに願いを口に出させた「全国へ行く」という目標は、最初は漠然としていたけれども、今、それを実感している。4話、ひとりだった夏紀に合奏しませんかと声を掛けた久美子。6話、初心者で上手く吹けなく、いまいち演奏に面白みを見出せず一人悶々としていた葉月に、その楽しさを味わえさせた合奏。久美子は葉月に訪ねた。
「どうだった?」
「なんだろう……。すごく、音楽だった!」
 ありがとう、京都アニメーション! ありがとう、「響け!ユーフォニアム」!