「響け!ユーフォニアム」12話 「特別」の意味

響け!ユーフォニアム」12話 「特別」の意味
 夏休みの部活動。どこからともなく聞こえてくる吹奏楽部の演奏を背景に、運動部の掛け声、グランドの野球部の球音やシャワシャワと鳴く蝉の声に日差しの強さ、それでいてカーテンを静かに撫でる風にほっとするような涼しさを感じさせる作画から始まる12話は、大会を目前に控えた吹奏楽部にとって正念場だった。滝先生の指導にも熱が入る。
 姉の影響ではじめたユーフォの演奏と7年という長い演奏歴は、演奏歴1年の夏紀にとっては埋めようのない経験の差だったが、オーデションで久美子のユーフォが買われたのは、経験でしかなかったのだろうか。そう思わせるような前半であった。上手く演奏できないもどかしさは練習によってそれなりの音を手に入れていくが、先輩の田中には及ばないのは明らかである。
 そして、またしても衆人の面前で、滝先生は個人に最後通牒を突きつけるのである。162小節目からの演奏は田中一人でよい、と。
 162小節目からの数節。久美子と田中の差は音からも作画からも11話のオーデションより明瞭に区別されていた。
 最初の演奏を振り返る。田中はブレスが目立たず2回。久美子はブレスが大きく2回、細かく2回。演奏前に息をすっと吐いてから吹き始め、終えてから息を吸い込むことで、ブレスの目立たなさもあって一気に奏でた印象を強める。もちろん演出にたどたどしさもない。久美子は息を吸い込んでから、勢い吹き始める。初めて吹くための戸惑いも混じっているし、運指のぎこちなさ・田中と比べられるという恥ずかしさもあるだろう。この両者の違いは、田中の天才性というよりも彼女は普段から他のパートも演奏しているのではないかという陰の努力があってこそというのが個人的な感想だか、それはともかく。
 カメラは田中の左顔のアップと譜面を凝視する目線、正面からユーフォのアップと運指を映しながら下から上へ、田中の左側から演奏する彼女を画面脇に映す構図から演奏に聞き入る久美子、そこから窓際の葉月と遠くの緑輝を捉え、聞き入る周囲のキャラクターたちに視聴者の意識が移ったところで、田中の正面を中心にカメラが一気に引かれて、田中を見詰める久美子たち、夏紀、後藤と梨子の後ろ姿を描き、ゆっくりとカメラは田中に焦点を当てていく。そして田中の左顔のアップに戻ることで、演奏が終わる。演奏中の田中の表情は、最初のアップ時だけで、それ以外は描かれないか遠くて眼鏡も光って反射させたことで白く描き表情がうかがえない。田中が譜面から音楽に入って周囲がそれを聞かされる・主役が音であることをはっきりさせた。
 久美子を捉えるカメラはどう動いただろうか。まず演奏前の久美子を見詰める各キャラクターのアップを細かくカットし、久美子の右の横顔のアップから大きく息を吸い込む・演奏を始めた直後にカメラはもうそこから引いて彼女を見詰めるキャラクターたちを描いて周囲に視線が散らばった。音の違いから巧拙が比較できるのにせよ、演出自体が久美子に集中させない。続けて久美子のちょっと難しそうな表情の右顔のアップ、右手の運指のアップ、これでもう田中との違いが確定した。演奏前のキャラクターのカットがまた細かく入ることで、表情の違いから演奏前のちょっとの不安と期待が、不安になったことを明らかにさせる。夏紀のそっぽ向いて首ぽりぽりという仕草がわかりやすい。
 でも、演奏後、すっくと立って個人練習に行くことを宣したところで、また夏紀が振り返って久美子に顔を戻す演出が救いだろうか。彼女は先生に認められる演奏ができるようになるだろう。そんな期待がうかがえるが、必死な練習シーンを描きながらもオーデションに落ちた夏紀のこの振り返りが、すでに結果を暗に示していたのかもしれない
 練習シーンからの蝶のメタファー、特別になりたいという高坂への宣言。162小節目からの演奏に苦戦していた久美子は、高坂の支援や友人の励まし、低音メンバーとの練習を通して、徐々に上手くなっていった。ブレスも目立たなくなり、戸惑いも減っていく。それでも最初の田中のよどみない運指には及ばないところが、田中の上手さをまた一層引き立たせているわけだけれども、11話で苦しんでいた塚本の立場に自分が立たされたとき、塚本との心の距離が・実際の距離はまだまだ川や道路を挟んだままだけど、上手くなりたいとしつこく・ホントにしつこく繰り返された言葉が「特別」とは何かを鮮明にさせた。
 上手くなりたいという久美子の言葉を、「月に全力で手を伸ばすぜ!」と表現した緑輝が「特別」の意味を際立たせた。
 到底つかめるはずもない遥か天空の月が「特別」ではなかった。それはとても身近な、いつも隣にあるような、むしろ自分そのもののような、シンプルな「特別」だった。緑輝が月をつかむぜと二度目に掲げた左手にはメロンパンが握られていた。葉月も緑輝も、久美子のユーフォに対する特別な気持ちに気付いていたのだ。
「久美子ちゃんは月に手を伸ばしたんです。それは、素晴らしいことなんです」
 受験を理由に吹奏楽から離れた姉や葵と、練習を続ける久美子や塚本を対称し、久美子のモノローグが漸く特別を目指し続ける高坂の気持ちを解説した。そして、鏡に写った自分を見詰める。
 葵が受験のために部を辞めたことを、後悔していないかと久美子は訪ねる。全然してない、と葵は答えた。続ける理由がなかったから。葵が自分に言い聞かせているように言っていると感じた人もいるだろう。久美子も姉に勉強しないで部活の練習ばかりと詰問されて何気なく「好きだもん」と反論した。独りになったとき、自分に言い聞かせるように繰り返して言う。
「わたし、ユーフォが好きだ」

 さてしかし、12話のハイライトは悔しさに涙する失踪シーンだろう。練習帰りの夜、一人で舗装された土手を歩いていた久美子は、ここは田中さん一人でやってください、という滝先生の言葉を思い出す。目の大きなアップ。静かに流れる川の音。見開かれた目。画面は唐突に切り替わり、バス停と人通りのある町の中を映し出すと、一瞬、久美子がどこにいるかはわからなくなった。川の音に車の通り過ぎる音が混じりはじめる。彼女が黙々と下を向いて歩いた来た時間と距離に気付かされる。彼女は元からそれなりに人が行きかう道を歩いていたのだが、それに気付かないほどという心象を描いている。橋が近付くと、車や町の人々がはっきりと描かれていった。上手くなりたいという執拗なモノローグが始まると、久美子は走り始めた。
 久美子は、田中に演奏で敗れたことを悟ったのである。その感情の激しさは、自ら引導を渡された中世古の比ではないだろう。自分で判断させることもなく、あっさりと決められた滝先生の言葉はやはり残酷だと感じる。だが、なんとなくという気持ちで吹奏楽を続けていた久美子にとっては必要な通過儀礼だったのかもしれない。
 泣きながら走る女子高生。当然人々が振り返る。車の走行音が大きくなる。駆ける足音。背景の情報量をどんどん増やしていくに比例して大きくなっていく彼女の「上手くなりたい」という叫びにも似たモノローグ。
 田中の演奏シーンと似た効果がここで生じていた。最初と最後だけだった田中のアップ、以降は他のキャラクターたちの動きを描くことで音に集中させた。背景の景色や音が大きくなって久美子の表情にばかり焦点を当てないことで、モノローグに集中させた。もちろんこの後すぐの展開につなげるための周囲の描写でもあるが、叫び声は、1話冒頭と連動することで、感動となって返ってきた。思わずそこを見返してしまうほどに(1話だけはニコニコ動画で無料で公開されてるよ)。
 ユーフォが好きというシンプルだからこそ強い意志を、久美子はようやく掴んだのだ。