映画「渋谷区円山町」感想

 さて、漫画原作映画ということで。おかざき真理原作、永田琴監督、映画「渋谷区円山町」。面白かったぞ。これは一体どういうことだ……ちょっとびっくり。以下に原作と比較しつつネタバレ感想。
監督:永田琴  脚本:長谷川明  原作:おかざき真理
撮影:福本淳  照明:木村匡博  美術:佐々木記貴 鈴木阿弥
録音:渡辺真司  音楽:戸田色音  編集:永田琴
主演:榮倉奈々 眞木大輔仲里依紗 原裕美子ふかわりょう 三輪ひとみ 細田よしひこ 中村優一 佐藤貴広 吉高由里子 小松愛 吉原聖后 三宅尚子 JUNYA 中村靖日 猫田直
配給:デックスエンタテイメント

 原作は今月続編が出たけど、映画は3年前に出た単行本の中の「青空」と「放課後」を下敷きに、無理やり一本にせず、といって2本の別々のストーリーに近いけど全く別にもせず、渋谷を舞台にした群像劇という感じになっている。
 監督の永田琴は、ジョージ朝倉原作のオムニバス映画「恋文日和」の一編「イカロスの恋人たち」を監督した人(この時は永田琴恵名義)だった、これも渋谷まで行って観てきたんだよな。多少の脚色を加えつつも、原作の基調となる群像劇を引き継ぎ、登場人物を増やしたり、原作では目立たなかったキャラクターの登場機会を増やすことで、それを渋谷という街の雑踏感というか、逆に人はたくさんいるけど寂しいみたいな心象風景にしたりと、街の描写へのこだわりは原作以上。まあ、映画の強みではあるけど。私が嫌いな説明セリフも少なく(原作より少ないかも)、役者の表情を撮ることにこだわりがありそうだ。原作は渋谷にやってくる若者たちの話とした確立されているが、映画はここにオリジナルとなる、ある喫茶店の店長(ふかわりょう)を「青空」編と「放課後」編の両方に登場させることで、いっそう渋谷が舞台であることを強調していると感じた。映画の上映箇所も当然渋谷区円山町にある映画館Q-AXシネマ、ここに来る途中の道々がすぐにスクリーンに映されると妙な興奮もある。
 「青空」編は、由紀江(榮倉奈々。「僕は妹に恋をする」も観たけど、こっちの榮倉のほうがいいな。まあ、あの映画は良くも悪くも安藤尋映画だからな。ていうか原作読んでないから感想は控えた)とヤマケン(眞木大輔)の交流が軸だけど、ヤマケンの態度は原作よりも教師としての態度が際立っており、授業シーンにしろ街中を歩き回るにしろ、二人の関係が傍から見ても恋人には見えない雰囲気が出ているので、最後の恋人のように腕を組んで歩く(というか由紀江が腕にすがりつく感じだか)場面が印象深い。さらに原作では振られ役として登場した名もなき少年が中盤に登場し、「あの手紙読んでくれましたか」と告白するに至ると、原作以上にコメディリリーフ的な役割を負うことになる。ふかわりょうの登場もそれが狙いだろうか。
 手紙は冒頭で由紀江の下駄箱に入っていたもの。これがちょっとした引っ掛かりになっている。あー、あの手紙出したのはあんたか……という由紀江の感情に移入させる手続きを踏む上で原作よりも面白い設定だろう。原作ではあっさり振られる大野は、映画でも同様にあっさり振られてしまうが、その現場に居合わせたその少年が、振られた大野をからかったり俺にもチャンスが巡ってきたとばかりに「由紀江」と呼び捨てにするなど、笑いが漏れることさえあった。
 さわやか青春映画という趣を感じさせる展開で、原作のように泣きながら街中を歩くというような流れには至らないが、榮倉奈々の魅力も含めて、心地良い余韻に溢れている……のもつかの間、物語は何の前触れもなく「放課後」編に突入する。原作知ってれば、ここで次の話に切り替わったなとわかるが、知らない者にとっては混乱を引き起こしそうだが、おそらくそれさえも狙ったものだろう。「放課後」編の展開は実に重々しく、渋谷をさまよう少女二人の姿は、ヤマケンにすがり付いている由紀江の明るさとは対照的で、ふかわりょうの登場も減る。
 というわけで「放課後」編の注目はなんつっても「時かけ」で真琴の声を演じた仲里依紗である。彼女が本編の主人公・糸井を演じるわけだが、冒頭からゴミ箱に持ち物が捨てられたり貸したノートがまた捨てられたりと、明らかないじめに見舞われながらも明るくいじめる瀬田たちと交流しようとする姿は、彼女よりも彼女を苦々しい思いで見つめる有吉(原裕美子)の気持ちに共感しやすい。はっきり言って、原作よりいい。「青空」編の明るさが利いているんだろうけど(しかも昼間の渋谷しか出てこないんだよな)、夜の街を当てもなく歩く・うずくまる糸井と有吉の寂寥感が渋谷の喧騒によって際立つ。そんなうるさく人ごみだらけの街が、夜明けの・無人の街中をじっと見つめる場面では、街そのものが主人公になったような錯覚さえ起きる、いやまあ実際渋谷の町も主人公なわけだが。
 原作と同じように終始笑顔で明るい糸井を好演する仲里依紗の冒頭の明るさ、ラブホ街で「みんな愛し合ってるかーい」という場面のおかしさ(原作では「みんながんばれー」)とか、いじめられていることにほんとに気付いていないんじゃないかって思うほどの笑顔である。有吉を演じた原裕美子もかっこよさを要求されているわけだが、実際かっこよかった。原作では瀬田たちに挑発的な態度をとる場面もあったが、映画ではそれは抑えられている。また糸井がラブレターを送られて「振られる」場面における仲の表情・引きつった笑顔に、それだけで原作を知らない者にもラブレターが捏造されたことを悟らせる力があった。瀬田たちが後ろでくすくすわらいながら何か言っている描写も入るが、ここには糸井の言葉が一切ない。原作ではすぐに彼女の心の声が加えられているが、前述したけど、ここも含めて全体的に原作にある説明セリフ・特に内心の呟きはカットされている傾向がある。そのために画面の役者の表情に引き込まれる、「青空」編は軽い雰囲気があったせいか、客観的に二人の・特に由紀江の無邪気な憧れと恋愛への目覚めを冷静に観察できたけど、「放課後」編の糸井と有吉の姿は、ただ街中を歩いているだけでも感情的になってしまうほどのめり込んだ(個人的にいじめの話がからむといじめられている側に必要以上に感情移入してしまうからだけど。だから「非バランス」が大好き)。
 「放課後」編はほんとよかったなー。