三瀬撃沈

 さて、10月9日は漫画原作映画が3本公開されるという、現在の邦画状況を象徴するような日だった。
 まずは「下弦の月」。原作矢沢あい、監督は二階健、主演は栗山千明。3本の中では一番好きな原作だったので、かなり期待していた。美月を演じる栗山に何も不安はない。成宮に対しても、とりあえずがんばってくれるだろうと思った。監督については何も知らない、初監督作品ということで、それなりに気合の入ったものを見せてくれるだろうと楽観していたが、個人的に出来はどうだったろうかというと、かなり健闘していると思う。原作をうまく切り詰めて凝縮している。美月救出に奔走する4人の子供達の感情の動きを中心としたサスペンス調の原作を、映画は美月と知己の関係を中心にアダムと子供達を周りに配し、また緒方拳や伊藤歩を脇に置くことで演出面での不安を補っている。もちろん栗山千明の存在があってこそできる配役だろう。HYDEは「ムーンチャイルド」ではただのちびのおっさんという印象しかなかったのだが、終始ミステリアスな印象を維持しつつ、もごもご台詞も相まって、幽霊役に上手いこと染まっていた。4人の子供達を2人に絞ったのも好判断と思う。もちろん、それによって彼らの感情のゆれ・原作では特に緊張感の息抜きとして機能していた杉崎を登場させないことにより、2時間ずっと変に緊張してしまって疲れてしまったけれど。
 もっとも、私が原作好きな理由に子供達の懸命さというものもあったので、正直がっくりした。アダムの曲探しで町中を走り回る彼女達の姿が印象深かったし、それが突然アルタ前の巨大スクリーンに現れるという映像化してもかなりインパクトあるだろう描写がないのも残念だった。そして恋愛が中心になっているというのも、まあ娯楽作品として考えるなら無難な選択なんだけど、原作好きとしては、ちょっと切なかった。あと美月の家庭内の描写がもっとほしかったな、妹との確執がまったく描かれていないので、結局子供達との絡みもなく、
 映像はちょっとCGに頼りすぎちゃうんかというくらい鬱陶しい。幽霊だのなんだのという話だから、当然必要な効果なんだろうが……。物語自体は不明瞭な部分は原作知ってるんで感じなかったけど、原作知らない人にとってはどうなんだろうか。まあでも面白かったよ。ラストに不満は残るけど、美月と知己の想いを積み重ねたことでのあの結末ならまあいいかもな。でも一度死なせんなよな……原作との違いを強調したかったのかな……劇的ではあるけど。
 続いて「恋の門」。原作羽生生純、監督は松尾スズキ、主演は松田龍平酒井若菜。本音言うと羽生生純の漫画は好きではない。だからあまり読んでいない、というか「恋の門」しか読んでない。監督は昨今映画出演が目立つ松尾スズキ、初監督作品。舞台演出の経験もあるし短編も撮ってるし、安心して鑑賞に臨めた。主演二人も同様。なにより松田龍平がお気に入りなんで、とりあえずこいつが出てればOKだったのだが、さてしかし、……なんかものすごく惜しい。原作を上手くまとめてはいるよ、うん、物語の伏線とか丁寧だし、演出は面白おかしいし、だからこりゃいいやって感じでにこにこしながら観てたんだけど、なんかだんだん嫌な気分が満ち満ちてきたのである。
 原作同様に映画も二つの軸があって、二人の恋愛と門の漫画家しての成長がある。ともにいい感じなんだけど、後半ボロボロになっていく(と私は思う。いかんせんノリで突っ走る映画なんで、そんな些細なことは気にせず楽しんで観られる映画ではあるんだけど)。木背の役目を毬藻田に背負わせたのは、さすがプロの仕事だなって思う。これで物語がぐっと引き締まり二時間の枠に収まったわけで、貶すほどの映画ではない。でもね、恋愛の積み重ねはたくさんあるんだけど、漫画家物語しての積み重ねがないんだよ、ていうか途中で放棄しちゃうんだよ。元人気漫画家の毬藻田は元プロだから別として、同人誌では売れている恋乃と未知数だけど絵は上手い門の二人の成長が途中で捨て去られる。恋乃の同人誌が売れたのは最初の一冊だけだったという事実が判明するのにあのラスト、人間的な成長を描かれながらも落選する門(ラストはなにあれ? 実は当選してたってことなの? それともその後デビューできたってことなのか)、なんかものすごく釈然としないんだが。しかもコスプレって何かのキャラクターになりきることななんでしょ? 映画で門は一体何のキャラのコスプレをしていたのか全く不明なのである……おいおい、そこは省略しちゃ駄目だろ。せっかく父の死に立ち会って漫画を描くことに目覚めたのに、原作を踏襲しながらも本線を外しちゃった感じで、ミュージカルシーンからもう脱力しっぱなしで、爆発して完全に失望してしまった。終盤までリードしながら失策と暴投で逆転サヨナラ負けみたいな虚しさ。
 というわけで、この映画の一番の見所は、エンドクレジットである。
 「デビル(略)」。観てない。
 この3本はいずれも監督が自ら脚本を担当・あるいはそれに準じる仕事をしている。当然、作品の良し悪しは監督の力量におおきく委ねられよう。そんななかでもっとも酷評が集中している「デビ(略)」、唯一映画監督としての経験が豊富な人物がメガホン取ったはずの「デ(略)」、多額の予算・多くのスタッフ・全国規模の公開、なのに非難されまくる「(略)」、だめだこりゃ。

まあね、上記の3本を観る前にとりあえずこの映画を観てほしい、「お父さんのバックドロップ」。監督は李闘士男、主演は宇梶剛士
 公開前からの情報・予告編も合わせて、原作者の中島らもが泣いたということが宣伝文句に掲げられ、また試写等で見た人たちの評判もやはり泣いたというようなもので、そんなに泣くのかよ、じゃあ、おら泣かね、という気持ちで鑑賞に臨んだら、最後ボロボロ泣いてた。泣きゃいいってもんじゃないんだが、これほど真っ当な感動作品は随分久しぶりのような気がした。
 物語はプロレスラー・牛之介(宇梶剛士)とその息子・小学生の一雄(神木隆之介)を中心にした父子愛ものといって差し支えなかろう。経営危機のプロレス団体に所属する牛之介は、金のためにマネージャー(生瀬勝久)の懇願を承諾して悪役(ヒール)に転向するも、一雄はそれがもとで苛められてしまう。一雄は、プロレスのために母の死に目にも来なかった父を許せず、嫌いだとはっきり言う。牛之介は、息子の信頼を取り戻そうと無謀な戦いを決意する……
 ネタバレも何も終盤までの展開は簡単に読める。地味で単純な物語がユーモラスに描かれる。監督も役者も何か奇抜なことをするわけではない。最近の邦画に目に付く軽いノリに頼った楽しさを煽る演出もない。一直線、ひたすらまっすぐな映画である。だからこそ、監督達の情熱が画面から何も汚されずストレートに観客に伝わってくる。これが素晴らしいんですよ。
 そんなものだったらテレビドラマで十分だ、などという非難は見当違いだろう。父の命を懸けた戦い、あれはスクリーンで目の当たりにしてこそ、父を応援する全ての人々の気持ちを理解できるのだ。控えめな演出はラストまで貫かれるけど、あの戦いの悲愴感を煽るには十分なような気がする。劇中の観客がああなるのも予想がついた、むしろそうなってくれという思いが先行した。観客は……少なくとも私はこの瞬間を待っていた、これだ、まっすぐな気持ちがあまりにも無垢で、悲しくなってくるのだ。いや、大袈裟な話ではなくて、登場人物一人一人の思いが丁寧に描写されているから、試合を見詰める人々の表情・仕草だけで、それぞれがどんな思いだろうかって瞬時に想像できるんだ。戦いの前に牛之介は宣言する、これは自分のため・亡き妻のため・息子のための戦いだって(このあとの爺さん(南方英二)のリアクションがまた最高なんだよなー)。でも、みんなそんな彼の自己満足的な物を通り越してしまう、観客もそうだったと思いたい。一端カヤの外に置かれた人々が、牛之介の姿にだんだん惹かれていくんだ、台詞も何もない、ただその姿が全てを語っている、立ち向かう姿が訴えている。
 ラストは観て確かめてくれ。悲愴感があっという間にひっくり返る瞬間を目に焼き付けてくれ。最後までまっすぐ突き進む演出の力強さを体験してくれ。