映画「人のセックスを笑うな」感想

映画「人のセックスを笑うな」感想
 井口奈己監督待望の二作目! 期待以上の面白さ! 山崎ナオコーラの原作を井口監督の作風にした心地よい作品だ。
監督:井口奈己  原作:山崎ナオコーラ  脚本:本調有香・井口奈己
プロデューサー:永田芳弘 西ヶ谷寿一
撮影:鈴木昭彦  照明:山本浩資  美術監督木村威夫
録音:高田伸也  音楽:HAKASE-SUN
製作:ハピネット東京テアトルWOWOW
主演:永作博美 松山ケンイチ 蒼井優 忍成修吾あがた森魚 温水洋一 桂春團治/市川美和子 藤田陽子
(ネタバレ注意)




 美術学生のみるめ(松山ケンイチ)・えんちゃん(蒼井優)・堂本(忍成修吾)の三人は、ある未明トラックで移動中に、トンネル内を走っている女性と出会う。終電に遅れて……と語る彼女を荷台に乗せて目的地まで運ぶ。みるめとユリ(永作博美)の交流の始まりである……
 前作「犬猫」同様に長回しが多用されたまったり映画に仕上がっている。いや、まったりしているようで、登場人物たちはそれぞれの苦悩を抱えてもがいている。それを感じ取るのは鑑賞者である私であり、映像は、役者は、決して多くを語らない。カメラを固定したまま役者のなんでもないような仕種を延々と見せ続けることで生まれてくる緊張感。本来演じる側が感じるはずの感覚(NG出したらまた最初から撮り直しだ、とか)を観る側にじわじわと染み込ませていく手腕が、監督の凄さだと思っている。
 みるめは、美術学校の講師としてやってきたユリと再会する。彼はリトグラフを製作する彼女にたちまち惹かれていった。いつまにか彼女の手伝いまでするようになる。そんなみるめにやきもきしているえんちゃんと、彼女をそっと見守る堂本が交錯して描かれる。ある日、モデルにならないかと誘われたみるめはユリのアトリエに招かれた。ソファに腰を下ろさせ、それでは服を脱いでもらおうと提案するユリ。モデルの仕事ということもあって、わけがわからないまま、彼は一枚一枚脱がされていくのだった……
 長回しが多い分、冗長な会話はほとんどない。日常会話をそのまんま切り取ったかのような・ほとんどアドリブじゃないの? と勘繰らせるような言葉のやり取りが画面に刻まれる。説明もほとんどない。彼等の会話の断片から、みるめたち三人の関係、ユリの人物像等を想像していくと、長回しの映像が全て必要な情報だけを写しているような気分になってくる。
 えんちゃんがみるめを待っている場面で、まず蒼井優の魅力が炸裂する。まあ、もとから炸裂しているんだけど、劇中の「えんちゃん」という女性の魅力がここで発揮されると、最後までぶれることなく演じきってしまう、やっぱり蒼井優はかっこいい。さて、廊下で所在なさげに待つもののみるめはユリのとこに行ってて現れないわけだが、ここに堂本が現れる。一緒に帰ろうよと誘うも、すげなく断られる。気だるそうに・身体全体が待てども来ないみるめに対する不満を表現しているかのような動きで堂本に背を向け、早く帰れとばかりにふて腐れたまま身体を押し付け彼を追いやろうとする。えんちゃんと堂本の関係、特に堂本がえんちゃんを・えんちゃんがみるめをどう思っているかが伺える。
 土手を自転車で疾走する場面も面白い。みるめを後ろに乗せてユリが漕ぐ、はじめはふらふらしていて今にも倒れそうだった運転は土手の上に場面が移っても変わらない。画面は自転車を横から捉える、おそらく併走しているカメラ。速度が遅すぎて自転車が一度フレームが外れる。声だけが聞こえる、そのうち自転車がフレームの中心に入る。かなりよろめいているけど、それなりの速度は出ているらしい。危なっかしいけれど、カメラはしばらく二人の掛け合いを捉え続ける。画面左手から、やがて速度を上げた自転車は画面右手へ・フレームから去っていく……と思いきや、その後ろをジョギングしていた人がフレームを横切っていくのである。なんだ、やっぱりたいした速度じゃなかったのか。
 アトリエでパンツ一丁にさせられてしまったみるめ。それさえも脱がせようとするユリ。モデルという言葉が彼を・観る側をも脱がなきゃいけないような雰囲気にさせていく。みるめに背を向けたユリは、見ないよ、と顔を手で覆うのも束の間、ストーブにあたりながらその手をぱっと開いてにこにこしている・観客だけが知る彼女の本心。次のカットで招き猫3体。まんまとユリに招きよせられたみるめ、というような妄想心が働いてしまう。そして、二人の付き合いは堂本とえんちゃんの知るところとなる。特にえんちゃんの「ああーーっ」という叫びが面白いね。
 ある日のアトリエ。毛布にくるまって身体を寄せ合う二人。ユリが立ち上がってちょっと部屋を出たかと思うと、いそいそとサンダルを履いて戻ってくる。冒頭、トラックの荷台に乗せてあげたときに貸したサンダルだった。学校で再会した時に記憶にないような態度のユリだったが、ちゃんと覚えていたのだ。この場面もそうだけど、二人の濡れ場は描かれることはないものの、キスしたりじゃれあってたりしている場面がリアル過ぎて、それもまた画面に緊迫感をもたらしている(そもそもタイトルの「セックス」は英題で「romance」となってる、romanceなんだよ)。演技なのか本気なのかアドリブなのか、その境界が全く見えないところに中途半端さをかんじてしまう人もいるかもしれない。実際二人の演技は、演技の巧拙という評価よりも自然体・素になるのを待って撮影されたのか・そのための長回しなのかと忖度してしまうほど、みるめとユリではなく松山ケンイチ永作博美という役者本人の匂いが強く漂ってくるかもしれん(だからこそ、それをひたすら抑えて(あるいは役者本人の匂いを消して)「えんちゃん」としての輝きを放った蒼井優は恐ろしくもある)。結局好みの問題になってしまうのがもどかしい。
 物語は中盤でユリに夫がいたことが明らかになると、二人の関係の変化に、えんちゃんの動きが絡んでくる。堂本はえんちゃんを相変わらず見守っている感じだ。不倫だったことにショックを受けたのか、ユリからの連絡も拒んで部屋に引きこもりがちになるみるめ。学校を辞めようかなと考えるえんちゃんは、「みーるーめくーん、あーそーぼー」とばかりに彼を部屋から連れ出した。ユリと会う気持ちの整理がついたみるめだったが、ある時ふっつりと彼女との連絡が取れなくなってしまう……ユリはどこに行ったのか、えんちゃんはみるめへの想いにどういう決着を試みるのか、そして堂本のえんちゃんへの密かな想いは……物語は冒頭でワンカットだけあった学校の屋上で終わる、冒頭の屋上は無人。誰か出てくるのかなって思ったけど誰も登場しない。ラストになってみるめが登場する。えんちゃんと堂本の存在を身近に感じながら、彼はユリからもらったライターをそっと取り出した……
 みるめがユリへの想いを諦めたらしいのが土手をバイクで疾走する場面である。多分、自転車でアトリエに向かう場面との対比だろう、バイクはアトリエから遠ざかる、画面右手から左手に向かって直進し続ける。彼にとってユリの存在感の大きさがひしひしと伝わってくるところでもあるけど、同時に、そのバイクの速さが、彼の決意にも思える。でもまあ、最後にライターを取り出すところなんか、あれだよねー、というところでテロップが入る――音楽も快く、ところどころおかしみもあり、本当に面白い映画だった。
 中でも私が面白かったのは、学校の先生が開いた創作物の展示会でえんちゃんである(結局、蒼井優かよ……という突っ込みはなしで)。ユリの誘いで展示会場に訪れたえんちゃんは、入り口付近の長椅子に座る。やがてユリもやって来て「ゆっくりしてきなよ」と言われるけれど、えんちゃんはなんとなく手持ち無沙汰。ユリが去り、画面にはユリのいない空間が残される。画面左手でぽつねんとしているえんちゃんは、ずりずりとお尻を動かしてユリがいた空間に侵入し、そのまま手を伸ばしてフレームの外にあるお菓子を一個取ってぽりぽり食べ始める。えんちゃんは画面の右手。今度は左手が大きく開いている。左端にわずかに映る入り口とその向こうの道路。えんちゃんはやがてお皿ごと取って膝元に置き、ぱりぱりむさぼり始めてしまう。入り口が少し見えるために、そこから誰かが来るんじゃないかという緊張感(実際学校の先生の展示会なので生徒がやってきたっておかしくないわけで)と、展示物には目もくれずお菓子を食べるえんちゃんの挙措が面白くって笑ってしまいそうになる、いや素直に笑っていいんだけど。ユリが去って一瞬寂しげになった空間にお菓子を食べるえんちゃんを持ってきて、空いた画面左手はほのかな緊張感によって埋められる。長回し蒼井優の魅力が生んだ最高のおかしみである。