猿、杜へ

 漫画原作映画ということで「OLDK」鑑賞。原作はすぎむらしんいちの「OLDK築25歳」という短編。
 ………だめだこりゃ。スタッフやキャストも紹介する気になれん。ラブ・コレクションという企画に集まった6作品のひとつで、廣木隆一「ガールフレンド」、「blue」の安藤尋「ココロとカラダ」、熊切の新作など一応の注目作がある中で、唯一のハチャメチャ映画という印象を予告編で受けていただけに、この不完全燃焼といったらただ事じゃない。この映画の前に「ガールフレンド」を観てて、いい映画だなーとほのぼのしてた気分がぶち壊された。漫画原作映画はホントにはずれが多いよ。来年2月には、やまだないとの「ラマン」が映画化されるけど、でもこっちは大丈夫だと思う。監督は廣木隆一だから、つまらないことはないだろう。役者もそろってるしね。しかしまあ、「恋文日和」の後だけに、原作を踏襲しながらもどうしてこんなに面白さの落差を感じてしまうんだろうかと、切なく思う。大丈夫? 「鉄人28号」とか「ヤジキタ」とか「隣人13号」とか「最終兵器彼女」とか。そうだ、ここで「最終兵器彼女」の不安をさらに煽ろう。監督の須賀大観は「恋文日和」の舞台挨拶(公式サイトで見ることが出来る)で語る、要約すると、スケールの大きな恋愛映画なんかより、こういう(恋文日和のような)小さな作品こそ大事にしたいと暗にハウルの動く城を揶揄している。でも、須賀監督、あなたが次に撮る映画って、まさにハウルみたいな映画なんですけど。兵器化していくちせ・化け物になっていくハウル、無力だけど意志を貫くシュウジとソフィー、ラストの二人だけの家あるいは城……まだ原作読んでないんじゃないのか……。さて、次は「約三十の嘘」とか「理由」とかだね。楽しみだ。
 そんなことより、各所で今年の漫画ペストがはじまったね。これって考えると丸一日あっても飽きないんだよな。なんにしよ。まあ無理に考えなくてもいいんだけど。で、今年は映画のほうも力いれるぜよ。去年も個人的に印象深かった5作品を挙げたけど、今年はもっと増やしたい。時間がないと書けないけど、
 さてしかし、あれですよ、映画ですよ。「OLDK」で落ち込んだ気持ちをサクッと回復してくれたのが「犬猫」ですよ。
 
「犬猫」
 監督・脚本・編集 井口奈己
プロデューサー:榎本憲男  撮影:鈴木昭彦
 音楽:鈴木惣一郎主  題歌:湯川潮音
 主演:榎本加奈子 藤田陽子忍成修吾 小池栄子 西島秀俊/猫(プー) 犬(アシュレイ)
 ほんわかまったり、めちゃくちゃ面白かった。
 何も起きない物語。事件も事故も、劇的なクライマックスも感動的なエピソードもない。ヨーコ(榎本)とスズ(藤田)の日常が淡々と紡ぎだされているだけ。なのにどうしてこんなに魅入ってしまうんだろう。冒頭からいきなりスズのキャラクターに打ちのめされ、ヨーコのスズを微妙に嫌う態度にニコニコし、時々登場する猫のムーに気持ちが休まる。だからといって物語に線がないわけではない、しっかり軸があって、それに沿って物語を感じさせない物語が、主演二人の表情により繋がっていく。これはもう榎本と藤田・二人の魅力に尽きるでしょ。主演二人のわかりやすい設定で暴走気味に突っ走った映画が「下妻物語」だとすれば、「犬猫」はのんびりと駆け抜けていく不思議な感覚がある。そう、これは女の子二人の友情物語なんである、多分。
 とにかく冒頭ですよ。タイトルが出る前の、スズと古田クン(西島)の食事風景がぽつぽつと描かれる。カレーを食べる二人、ぽくぽく食べるスズに対し、雑誌読みながら机の上をまさぐる彼、スプーンがない。お茶をすするスズ、彼も手を伸ばすが彼のお茶はない。関白亭主みたくスプーンは? お茶は? と命令口調の彼は最後にアイスは? こりゃ嫌だなーとスズに気持ちが同調したところで、石焼いもをBGMに荷物をまとめて出て行くスズ、このカットがまたいいんだけどね、長回しっていうの? ほんとに台詞が自然でね、くどくどとしゃべんない。スパッと切っていく感じなんだけど、柔らかい印象が残る。時には聞き取れない時もあるんだけど、はっきり言うと台詞の内容はどうでもいい、ただ二人の表情が全てを物語っている、私は今こんな気持ちなんです、だなんて大袈裟な物言いもなく、清々しい。で、彼の元から飛び出したスズはそのまんまヨーコが間借りしているアベチャン(小池)の家に転がり込む。アベチャンは1年間留学するため、ヨーコが留守を預かるってわけ。そこにやってきたスズ、後にヨーコとは幼馴染であることが明かされるんだけど、この時点では同級生かなという程度。マイペースでぽけーとしているけど料理が得意でたまに面倒見もいいスズ、真面目で律儀なようで酔うと途端にだらしなくなる眼鏡ッ子のヨーコの対比がおかしくてたまらない。コントとか漫才みたいな掛け合いがあるわけじゃないんだけど、性格の違いによる会話のギャップが心地良い。映画だよなー。表情は当然として、キャラ設定に則った挙措が、役者の骨身に染み付いている感じで、自然ささえ意識させない自然な演技なのだ。自然な演技のための自然さじゃなくて、衒いがないとでも言うのかね。
 でね、まあ前述どおりちゃんと軸があるので、そこから感想文を広げることも出来るんだけど、この映画を語るとなればどの場面が好き? といった話に終始してしまうかもしれないんだよな、それはなんか自分的に抵抗があるんだけど、一個だけ挙げさせておくれ。酔って落花生食いまくっているヨーコと殻を片付けるスズの場面、ここ最高! また観てー! 
 ということで肝心な物語なんだけど、ヨーコは古田クンと付き合ってたらしいんだな、彼はスズに惚れたんでヨーコと別れたと。最初にヨーコがスズを嫌っている風な装いなのもそれが原因らしい。過去にもいろいろあったらしいんだけど、全てにあっけらかんと気の向くままのスズの奔放さに対し、ちょっと臆病なヨーコはいつもスズに甘いとこだけ取られているらしい、ヨーコにとっては幼馴染というより腐れ縁だよね。ヨーコはコンビニのバイト仲間・三鷹クン(忍成)に気があって、お茶に誘おうとするんだけど上手くいかないのに、偶然彼と会ったスズは、彼をヨーコの友達だと知るやいきなり家に連れ込んで料理をご馳走する積極さ。ヨーコの苛立ちはじわじわと観ている私にも伝わってきて、三人で食事するんだけど、そわそわしているヨーコの気持ちが言葉としてではなく映像として頭の中を巡って、それを解放するようにヨーコは外に出て走り出すのである。感情移入を大事にすることがあるんだけど、この映画は二人を見守りたくなって来るんだよ、どうか仲良くやってくれと。性格は違うけど同じ男の子を好きになっちゃうとスズは言うが、観ているものにとってはそれだけではない二人の共通項・二人が気付いていない共通項が画面に中に出てきて、映画に引き寄せられていくんだが、これが気持ちいいんである。いつまでも続いてほしい、終わらないでほしい二人の生活景色。
 喧嘩しているようで、どこかお互いを思いやっているラストにちょっと感動した。「ムーちゃん、ご飯ですよ」という藤田陽子の甘えた声が頭から離れない。