福岡・中2虐め殺人事件 現担任はどこへ?

 当ブログは漫画や映画とか本サイトの更新報告に関することに限定しているんだけど、福岡・三輪中2年生の虐めによる自殺事件については、あまりにもというか、情報規制と言うか操作が露骨なんで、ちょっと自分用のまとめの意味も込めてひとつ書いておく。
 虐め問題については、私自身、中学在学中に同学年の女子生徒がいじめられていたという旨の遺書を置いて首吊り自殺したという事件に遭遇しているだけに、この手の問題は他人事ではない。私は彼女と面識はなかったが、同級生に彼女の親友がいて終日と言うか数日にわたって泣きはらしている姿を目の当たりにし、また担任の教師が責任を取ってその学期中に教職を辞し、出家した(つまり一生弔う覚悟を示した)という経過を踏まえると、担任が全責任を負った結果に、虐めていた生徒たち(その中には私の知り合いも含まれていた)への憤りと、同時に私も虐めの傍観者になっていた可能性を強く否定できない私自身の心の弱さを感じるにつけ、今回の事件によって、私と同じような不確かな感情・もやもや感みたいなもんを抱いたまま年を経るだろう三輪中在学生に対する憂慮がある(杞憂かもしれんけど)。「いじめ」を「虐め」と書くことへの憤慨みたいなもんも察して欲しい。
 さて、今回の事件で気持ち悪い部分がある、一年時の担任の発言や態度ばかりが取り沙汰され、二年時の担任については一言も触れないことだ。
 多くの人が不審に思っていることだろう。確かに一年時の担任はテレビで報道された姿を含め、いや仮に「からかいやすかった」などという発言がなくとも、生徒のランク付け等およそ生徒同士の差別化を助長するような言動だけでも擁護する価値もない。彼が言う「一生かけて償います」というのが、私が遭遇した事件の教師と同様の道をたどるのかは定かではないが、まあ私がとやかく言わなくてもいいだろう。
 参考「福岡いじめ自殺:発端は学年主任の「いじめ発言」繰り返し」http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20061016k0000m040077000c.html
 問題は二年生・つまり現担任は何をしていたかと言うことである。これについての報道を私は知らない。虐めの発端の真偽はこのさいどうでもいい。発端がどこにあろうが前担任も含めた現場の教師に監督責任が生ずるのは当たり前だ。だからこそ今の担任はどこで何を思い何をしているのかだ。おそらくマスコミ各社は現担任の素性をおおむね把握しているに違いない。もし、現担任についての報道が何らかの「失態」をきっかけに許される時がくれば、各社一斉にスクープのごとき報道をするだろう。だがいまだ情報はない。なんらかの統制か自主規制か・あるいは圧力があると疑ってしまう。
 過去の虐め自殺事件で校長と現担任が槍玉に上がることはほとんど常道である。少なくとも取材され、コメントを掲載される。だが今回は違う。まだ前担任の責任が注目される以前の新聞記事を幾つか拾ってみる。
 読売新聞「中2男子自殺、「いじめ」の遺書残し自宅で…福岡」http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061013it14.htm
 毎日新聞「いじめ自殺:中2男子が自宅で首つり、遺書残し 福岡」http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061014k0000m040156000c.html
 西日本新聞「中2いじめ苦に自殺 教委も認識 「生きていけない」 福岡・筑前町http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20061014/20061014_003.shtml
 他の記事も含めると、自殺当日のトイレでの苛烈な虐めがあったこと等に触れ、担任のコメントはない。そんな中で西日本新聞の記事を引用すると、

中2いじめ苦に自殺 教委も認識 「生きていけない」 福岡・筑前町
 福岡県筑前町の三輪中学校(合谷智校長、425人)の2年の男子生徒(13)が自宅の倉庫で首つり自殺をしていたことが13日、分かった。遺書とみられるメモ紙が計4通見つかり、「いじめられて、もういきていけない」と学校でのいじめを苦に自殺したことを示唆する記述があった。同町教委は「いじめがあった認識がある」として、男子生徒が自殺にいたった経緯を調査している。
 同町教委などによると、11日午後8時すぎ、隣家に住む祖父(67)が自宅倉庫のかもいにビニールひもをかけて首をつっている学生服姿の男子生徒を発見。救急車で近くの病院に運ばれたが、死亡が確認された。死亡推定時刻は午後5時すぎとみられる。夕食に姿を見せなかったことから辺りを捜していた。
 残された遺書とみられるメモ紙には「いじめられて、もういきていけない」「いじめが原因です」「うざい奴等はとりつきます」などといじめを苦に自殺したことをうかがわせる記述があった。
 同中は、男子生徒が自殺した翌12日朝に緊急の全校集会を開催。合谷校長が事実関係を説明した。その後、全校生徒にいじめの有無などを確認するアンケート用紙を配布し、同日中に回収。11日の放課後の直前に男子生徒を学校のトイレで取り囲んでいた同級生計7人から個別に事情を聴いたという。
 学校側の聴取に対し担任の男性教諭(45)は「いじめは把握していなかった。(自殺した日、男子生徒は)朝から目前に迫っていた中間テストに向けてプリント学習に励んでいた。給食も元気そうに食べていた」と答えたという。
 中原敏隆・筑前町教育長の話 男子生徒が自殺するまで学校内でいじめがあったことは把握していなかった。しかし、遺書にはっきり「いじめられた」と書かれている以上、いじめがあったと認識している。その前提で今後の調査を進めたい。=2006/10/14付 西日本新聞朝刊= 2006年10月14日00時01分

 さて、「学校側の聴取に対し担任の男性教諭(45)は「いじめは把握していなかった。(自殺した日、男子生徒は)朝から目前に迫っていた中間テストに向けてプリント学習に励んでいた。給食も元気そうに食べていた」と答えたという。」という一文。私が探したところ、これだけが担任のコメントとして掲載されていた。これは誰のものか。前担任の年齢(47歳)と一致しないところを見ると、現担任のコメントだろうか。記者の誤報か、でもいまだに訂正されていない。ネット上で囁かれている現担任は女性なので、一体これは何だろう(もちろん現担任の素性も噂の段階であり、なんら確証はない)。やっぱり記者の勘違いだろうか。このコメントは前担任のもので、学年主任を担任と誤報あるいはあえて現担任としてコメントを発表したのか。自殺した生徒の当日の様子を語っている以上、現担任の発言として代理で学校側がコメントした可能性もある。
 誰の発言にせよ、「いじめを把握していなかった」という言葉が嘘である想像は容易だ。前担任ならその後の発言も含めて明らかな嘘であるが、この記事の発言はその後取り沙汰されていないんだよな。把握と言うか、いじめという認識がなかったのかもしれん。憶測だが、取材が来た時点で現担任は学校側あるいはその地区の教育委員会なんかに守られていた可能性もある。先ほどはマスコミは現担任の情報をつかんでいるようなことを書いたが、11日の時点で遺書等から虐め自殺を否定できない→当日被害者を虐めていた生徒が複数人いることがマスコミに漏れる→日常的な虐めの可能性を疑われるんで現担任を保護(その理由は現担任の待遇に寄るところか・身内との関係か)→保護せずとも地元には害のない前担任の情報をあえて発表→前担任への非難殺到、という構図もあり得る。
 私の体験では虐めによる自殺が公表されたのは彼女の死の翌日である。ちょっと曖昧な記憶だけど、その日の朝に親が子供部屋で遺体を発見したんだが、当日は、確か学校で普通に授業をしていた。誰かが亡くなったらしいという話が出てくる程度(誰かが自殺したらしいよとか言う話だったかも)で、虐めの情報はない。つまりこの日のうちに学校はマスコミへの対応を検討し、翌日からの取材攻勢に備えていたものと思われる。朝の全校集会で校長によって事実が明らかにされるんだが、そりゃもう朝から学校内は異様に静まり返っていた。取材されたよという同級生もいて、なんかすげーことが起きたらしいとわくわくしている無邪気なバカだったが。
 12日の時点では全国紙に報道はない、夕刊にはあるのかね。とにかく、前担任が注目される16日か17日の報道までは、葬式の記事も含めて、現担任のコメントは見つからなかった。地元の新聞ならあるんかな。葬式が記事になっているってことは、そこにやって来ただろう教師も取材を受けている可能性がある。また遺族に謝罪なりなんなりする担任の姿があってもしかるべきだ。そういうのがないってどういうことだろう。最も単純なのは、取材を恐れて現担任も前担任も葬式に参列しなかったということである。生徒たちには既に箝口令が徹底されていたと思われる。
 各マスコミが足並みを揃えてるんじゃないかってくらい現担任の話題に触れない訳、ここからはファンタジーの話になるが、妄想していく。
 まず、現担任が取材を受けられない状態にある可能性。錯乱したのか軟禁されてんのか保護されてんのか、とにかくそういう状態(病気かなんかで療養中とか)。取材窓口である学校側は一切のノーコメントを貫き、現担任についての情報がマスコミに全く伝わっていない。それは事件当初から今も継続されている。取材を受けられる状態ではないのなら、そのように報道すればいいだけの話。前担任が入院したことを報じる余裕があるんなら、学校側の対応そのものを報じたっていいだろうに、それがないってのが不気味で仕方ない。
 ところが「しんぶん 赤旗」の10月22日の記事http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-10-22/2006102203_01_0.html
 この記事から15日の夜に行われた緊急保護者会に現担任が参加していたことがわかる。たとえば16日の全校集会はマスコミによる報道で音声が拾われていた、そこで校長の「手を抜いてしまいました」という発言がまた叩かれるわけだが、前夜の保護者会の内容はほとんど伝わっていない。取材に応じてもらえなかったという記事もある。
 在校生からも伝わってこない現担任の話題は明らかに異様である。週刊誌が前担任の顔写真を掲載したことなんて大したことじゃない、まあ結果的に前担任への批難が集中したけど。たとえば、現担任の名前だけでも漏れれば、そこから素性を探ることは容易なんだが、そんなことを望んでいるわけじゃない。10/27NHKニュースで友人の証言として虐めの実態が具体的に明かされたことは一歩前進したといえるが、現担任がどんな人だったのかという証言はない、取材もしてないのかね。もし勇気ある証言者と連絡を取れる状況にあるのなら、現担任は虐められていた生徒にどういう態度だったのか、虐めを認識していたのか、今の心境とかさ、遺族への謝罪くらいあってもいいんでないのか。事件から2週間も経っていながら一言もない。事件真相の突破口は現担任の追及にこそある気がする。
 そこで期待されるのが、「失態」である。あ、なんか怖くなってきた……
 現担任はそもそも学校に余り姿を見せなかった、となれば虐めを把握できなかったというコメントも、情報が少ないのもわからなくはない。生徒も保護者も現担任はよく知らないとなれば記事にもならないのだろう。では何故学校にいないのかってのが気になるは必定、奈良市の職員の5年間で8日出勤と似ているとすれば、それはそれで大問題だ。むしろその件と似ているからこそ報道を手控えているとすれば……確証を得るまで取材していると信じていたい。不気味すぎるよ、この事件は。